健康第一! 食生活は大切。でも、それより大切なことに気づいてしまった管理栄養士の話。

その管理栄養士とは・・・

食生活は大切だけど、それよりも大切にすべきことに気づいてしまった管理栄養士とは、私のこと。
そして、その答えは「自分を楽しむ」ことです。

自分を楽しめていると、何をやっても、やらなくても、自分の全体が健全な状態になっています。
そのことを実体験してしまったのです。

私は管理栄養士として働き始めてからずっと、自分や家族のために栄養バランスを考えた食事づくりをしています。
子どもが生まれてからは、さらに、食の安全を意識した食生活を送るようになりました。
けれど当時、子育ての疲労もあったとは思いますが、疲れやすく、精神的にもギスギスしやすかったです。

今も、食生活は大切にしていますが、「健康のためにはまずは自分を楽しめるかどうかだ」と気づいてから、いろんなことの優先順位が入れ替わりました。
結果、前ほど食事は頑張ってません(押さえるところはしっかり押さえてますがww)。
それでも今は、体も以前より楽になりましたが、何より、精神的にとても穏やかでいられることが人生のクオリティを上げてくれています。

自分を楽しむとは?

ここでの「楽しむ」とは、必ずしもワクワク、ワイワイ、キャーキャーな楽しいとは限りません。
楽しんでいるかどうかは固有の感覚ですので、他者と比較はできません。
以下のような状態も、楽しむことができている状態と言えます。

●余計なストレスがない状態
●本当の本当の本当にやりたいことをしている状態(魂が喜ぶ的な?)
●ダメな自分も楽しむことができる状態

あなたにとっての自分を楽しめている感覚に気づいてみましょう。
楽しむことができてないとしたら、どんな思いや考えが楽しむことの制限になっているか見ていきます。

余計なストレスとは?

余計なストレスとは、自分にとってプラスにならないという意味です。
自分の尺度で、自分のストレス度を測ることが大切。
(誰かの尺度で自分のストレス度を測ったり、自分の尺度で誰かのストレス度を測ったりはしないですよ~)

そのことを語る前に、そもそも「ストレス」が何なのか整理しておこうと思います。

ストレスとはこんなもの

●見えないけれども、心身が受け取っている影響。
●原因を「ストレッサー」と呼ぶが、日常会話ではストレッサーのことをストレスと呼んだりしている。たとえば、「夫の態度がすごくストレスなんです」のように。
●「張り合いが出る」や「心地よくない」と感じるようなもの。
●ニュートラルな状態から逸脱した状態。
●ストレスは脳が判別している。
●ストレスが強くなったり、長い期間にわたると、心身が疲弊し、最悪の場合体調を崩す

ストレスの種類

物理的ストレッサー  例)温度、光、音
化学的ストレッサー  例)たばこの煙、香水、薬物
社会的ストレッサー  例)人間関係、経済問題、政治問題
心理的ストレッサー  例)不安、緊張、あせり、いらだちなどの感情
身体的ストレッサー  例)暴力、長時間労働、怪我、肉体的痛み

これを見ると、ストレスには、
●自然の摂理や偶然遭遇で避けられないもの
●自分次第で選択できるもの
があるのがわかります。

ストレスのプラスの働き

あなたの中では「ストレス」という言葉に、よいイメージは湧いていないかもしれません。

けれども、適度なストレスは、「張り合い」となり、集中力を増すなど、プラスに働くこともあります。
あなたにも、心当たりがありませんか?

自分を楽しむことが健康の土台

魂の視点では、自分の命を全うすることが生きる目的であるはずなのに、病気にならないことや、お金に困らないことが生きる目的になってしまうことがある。
当然、個人的視点(エゴの視点)や社会的に見ると、健康もお金もないよりあるほうがいいです。

でも、「自分を楽しむ」ことがないがしろにされてしまっては、本末転倒だと私は思ったのです。

食生活について言えば、土壌の栄養が減っている、なるべく農薬を使っていない野菜を、添加物を避けるとか。
砂糖は良くない、糖質制限、グルテンフリー、高たんぱく+メガビタミン、玄米菜食、マクロビオティック、ファスティング、腸活などなど。
いろいろと語られますが、そのことに取り組むことが「張り合いがある」を超えて、「義務」や「恐怖」になってしまうと、それはもうストレスです。

本当にやりたいこと、自分にとって必要なことならば、たとえ大変そうに見えることでもできるし、誰かに否定されてもやってしまうはず。
それはその人にとって「喜び」だったり「メリット」や「適度なストレス」になっているからできることなんですよね。

食生活も自分軸で

誰かが決めた基準で食生活を決めたり選んだりするのではなく、自分の基準で食生活も決めていこうと思うようになりました。
そこから、私の食生活のあり方や選び方は変わっていった。

それだけにとどまらず、暮らし方、生き方、家族との関わり方、パートナーとの関わり方、すべての他者との関わり方、自分の扱い方など、自分のすべての選択が変わっていきました。
そして今、軽やかに、自分を生きる私がいます。
全部、繋がっていたのです。